愛着と子育て:親子関係を支える行動の脳内メカニズム

授乳を例とした親子の相互作用

◆授乳を例とした親子の相互作用

授乳はほ乳類にとって基本的な行動ですが、細かく調べてみると、親と子が相手に働きかけ、それに相手がこたえる繰り返しによって達成される、複雑な行動であることがわかります。

親子関係の脳内メカニズムはどうやって研究できるか?

◆親子関係の脳内メカニズムはどうやって研究できるか?

愛着と養育はほ乳類に共通の行動なので、その脳内メカニズムも基本的な部分は進化的に保存されていると期待されます。私たちは遺伝子変異マウスや組織解剖学的解析、遺伝子発現解析といった分子生物学の手法を用いて、どの脳部位の活動が行動に必要なのかを明らかにしようとしています。

 ほ乳類の赤ちゃんは、世話をしてもらわなければ3日と生きることができません。そのため子どもは親(*1)を覚え、慕って後を追い、シグナルを送るなど、様々な「愛着行動」によって親との絆を維持するために活動しています。親の方でも、子どもを守り清潔にし、栄養を与え、生きる上で必要な知識を伝えながら子育てをする「養育行動」を進化の中で発達させてきました。社会や自然界でごく当たり前に営まれている親子関係は、実はこのように親子双方の日々の努力によって支えられています。

 愛着と養育という、親子関係を支える行動に必要な神経回路はほ乳類の脳に備わっています。しかしそれはプログラムされた画一的な"本能"ではありません。ほ乳類の社会行動は、生まれつき上手にできるものではないのです。親も子も性格は様々ですし、けんかをする時もあります。きょうだいなど他の家族との葛藤もあります。さらに病気や食物の不足など、避けがたい逆境も多いものです。こうした時々に応じて譲歩し協力し合うことによって、お互いがそれなりに満足できる「ほどよい(Good-enough)親子関係」を保つためには、実際の経験が大切です。こうして小さい頃に学んだことが、大人になってからの社会行動の基礎となります(*2)。そして親になると今度は実際の子どもとの関わりを通して子育てを学んでいきます。

 親子関係の問題が子どもの心身の発達にどのような影響があるかについては、動物や人間で様々な研究が行われてきました。しかし親子がお互いの関係のために進んで行う愛着と養育のメカニズムには、未知の部分が多く残されています。例えば、親の姿が見えなくなると赤ちゃんは不安になり泣き出しますが、その時に赤ちゃんの脳のどこがどのように働くのか、まだよくわかっていません。

 私たちはハツカネズミ(マウス)を用いて、愛着と養育の脳内メカニズムを研究しています。マウスの両親はよく子の世話をします。オスメスを問わず、マウスが子育てを学ぶ時には前脳の内側視索前野という場所にある神経細胞が活動し、ERKと呼ばれる情報伝達経路が活性化されることがわかってきました。一方で、子マウスも受動的に世話をされるだけでなく、親がいないときには鳴いて呼んだり、親が子を運ぶ時には大人しくしたりと、親が世話をしやすいように協力していることもわかってきました。

 将来的に人間の親子関係のよりよい理解とサポートのために役立つことを願って、こうした研究を行っています。



*1 本稿では単純のために親といいますが、ふだん世話をしてくれる人(主要な養育者)であれば生物学的な親でなくても同じです。ほ乳動物では主要な養育者は母親であることが多いのですが、マーモセットやマングースなど、母親以外の家族が主要な養育者をつとめる種もあります。
*2 ほ乳類の脳はとても可塑的(柔軟)なので、何かの事情で小さい頃に十分学べなかったとしても、大人になってからも経験を積んで上達することが可能です。